「スエード」「ベロア」「ヌバック」「バックスキン」
これらはどれも毛羽立った仕上がりの起毛革の一種です。
見た目が似ていることから、混同されたりまちがった認識が広まっていたります。
この記事では、特徴や品質、経年変化のちがいをできるだけわかりやすく解説しました。読み終えるころには起毛革についてちょっとくわしくなっているはずです。
先に各起毛革のちがいをまとめます。
起毛革とは毛羽立った革の総称(毛皮をのぞく)
まず最初に「起毛革」とは何かをさらっと解説します。
起毛革とは、名前の通り毛羽立った革全般のことを指しています。
この記事で紹介する「スエード」「ベロア」「ヌバック」「バックスキン」などが起毛革です。毛皮や毛付き皮は革ではなく皮の字が使われ、別物として扱われます。
これは、元々の毛が残っているのが皮、除去されたものが革とされるからです。革と皮のちがいについてくわしくは、革と皮のちがいを革職人がわかりやすく解説|皮をなめしたものが革をご覧ください。
ここからが本編です。
スエードとベロアは革裏面を毛羽立たせた革|ちがいは大きさ
スエードとベロアはどちらも革の裏(肉面側。床面ともいう)をバッフィング(やすりがけ)し、毛羽立たせた革です。
スエードとベロアは裏をあえて使う特殊な革
通常の革とはちがい、製品にする時は毛羽立たせた裏面を外にして使います。
革特有のツヤやテカリがないため、銀付き革(ツルツルの革)にくらべてカジュアルな印象になります。
傷が目立ちにくいメリットがあります。
むかしは登山用のリュックの底部や登山靴のアッパー(外側の革)にも使われました。
スエードとベロアのちがいは革になる動物の種類
スエードとベロアは同じように使われていますが、厳密にいうと別物です。スエードとベロアのちがいは、革のもともとの種類(大きさ)のちがい。
ヤギ、ブタ、ヒツジ、子ウシなどのようにもともとが小さな動物の起毛革はスエード、大人のウシやウマなど大きな動物の起毛革はベロアと呼ばれます。
これは、小さな動物の革がスキン、大型の動物の革がハイドと呼ばれるのと同じ類の言い回し。
リザードスキン(トカゲ革)、ゴートスキン(山羊革)、カーフスキン(子牛革)、カウハイド(メス成牛革)、ブルハイド(オス成牛革)、ホースハイド(馬革)など
とはいったものの、現実的には牛の起毛革のこともスエードと呼ぶメーカーや業者が多いのが現状。
牛のベロアをスエードと呼んでも意味が伝わるから問題ないと考えます。
ところで、牛革ベロアとその他小判のスエードで革質にちがいがあるのでしょうか?
結論、ちがいはあります。
ベロアの良いところはしっかりした厚みと丈夫さ
ベロアに使われるのはおもに牛。大型ゆえ厚みもしっかりあります。
裏地や芯材を使わない一枚革のバッグなどに使えるのは、厚みがあるベロアならでは。ボリューム感があって雰囲気あるバッグに仕上がります。
スエードはキメ細かな毛並みが特徴
スエードの美しさは、起毛の一本一本がキメ細かく密集しているからこそ活きるもの。
密度が高いスエードは、見た目の良さはもちろん、その手ざわりの良さも特徴です。
特に、ベビーカーフ(子牛)やキッド(子山羊)のスエードにはすばらしいものがあります。
ベロア(スエード)の経年変化|色つやの変化はない
革といえば味が出るものと考える方が多いかもしれませんが、スエードは革らしい色変化やツヤの変化はありません。
見た目の変化は期待できないものの、柔らかくなじんでいく過程を楽しめるのはやはり革ならではです。お手入れしながら使えば色つやの良さを維持することもできます。
スエードのお手入れはブラッシングとスエード用スプレーを推奨します。詳しくは、スエードカラーフレッシュはどんな商品?〔使い方と効果〕をご覧ください。
床ベロア(スエード)と銀付きベロア(スエード)
ベロアやスエードの中には2種類あって、床ベロア(スエード)と銀付きベロア(スエード)です。
銀付きベロア(スエード)は通常の革と同じように銀面(表面)を使うこともでき、いわばリバーシブルな革です。
対する床ベロア(スエード)は、いわゆる『床革』をベロア(スエード)利用したもので、銀面を別に商用利用したあとに残った廃材のリサイクル品です。
銀面付近の良質な部分が存在しないので、床ベロアは銀付きにくらべると耐久性が劣ります。
厚みがある床ベロアであれば、使い方によっては製品にも使えます。使い方によっては耐久性が著しく落ちる可能性があり、その判断には経験と知識が必要です。
床革についてくわしくは、革と床革のちがい|床革の可能性と注意喚起をご覧ください。
革じゃないベロア、ベルベット、ベロア調、人口スエード
ベロア生地と書かれた素材は革ではない可能性があり注意が必要です。
手芸や服飾で使われるベロアがそうで、動物性の革ではなく、綿やポリエステルを使った織物です。
ベルベットも似た質感ですが原料がちがいます。こちらはシルクを原料としており、ベロア生地よりも高価な素材といわれています。
ベロア調と書かれている素材は、革のベロアに似せた人造皮革の場合があります。いずれにしても革ではないと考えた方がいいでしょう。
スエードに似せた東レ製人工皮革のウルトラスエードⓇもそのカテゴリと考えていいと思います。
人工皮革については、ヴィーガンレザーとは?合皮との違いは?で解説しています。
スエード(ベロア)の起毛とスムースレザー(裏)の起毛のちがい
普通の革もボソボソしてたりするよね。スエードとほかの革ってどうちがうの?
スエードやベロアはやすりがけして起毛させているのが特徴。いいスエードやベロアは毛足が短くてそろっているものが多いです。
写真はどちらも豚革ですが、左はスエード、右はヌメ革と製法がちがいます。
さわってみてもその差は歴然で、スエードはなめらかな毛足が感じられるのに対し、ヌメは硬く引き締まりサラサラしています。
スムースレザーの床面(裏)をスエードとして使ってもOK
ふつうのスムースレザーの裏をスエードっていって使ったら問題ある?
ぶっちゃけ、ふつうの革の裏(床面)をスエード的に(床面を外に)使っても問題ないです。というか、スエードとして使いたいくらい裏面が上質な革は時々みかけますます。
ただ、『あえて』の贅沢な使い方なので、実際に仕事で裏を外に使ったことはありません。
タンニンなめし革よりもクロムなめし革の方が裏面がきれいで整っている傾向があります。
特にカーフ(子牛革)や、ゴート(山羊革)、シープ(羊)などは裏がスエード並みにうつくしく整った革もめずらしくありません。
たとえばタンナー不明のこちらのイタリアのゴート。
本来は銀面を利用するスムースレザーでありながら、起毛の光沢が美しく繊細なスエードを持ちあわせた革です。
指を滑らせるとはっきりと跡が残ります。
そして高級型押しカーフとして有名なワインハイマー社のワープロラックスカーフ。
非常に高価であり、銀面は床面よりも美しい素材。あえて床面を外に使うことはなさそうです。
※スエード用でない革は粉が落ちる場合があるので注意して使う必要があります。
ヌバックは革の表面を毛羽立たせた革
革の表面をやすりがけし、細かく毛羽立たせた革がヌバックです。裏面を毛羽立たせるスエードやベロアとちがって「表面」を毛羽立たせているところがポイント。
毛羽立たせるといっても、スエードやベロアのように目で見える毛足が立つわけではありません。
ツヤがないか、落ち着いたツヤに仕上がります。
代表的なヌバック製品には、廃業したホワイトハウスコックスというブランドの別レーベル『セトラー』があります。
Whitehouse Cox社のデフュージョンブランドとして誕生したセトラー。
— VARIETY (@varietysaga) December 8, 2021
イタリア産の成牛の一枚革です。
メンズ、レディースどちらでも使える
シンプルなデザイン。😄
プレゼントにいかがでしょうか!!🎁#Whitehouse #セトラー #SETTLER #プレゼント #財布 #イタリア #Xmas pic.twitter.com/AEjin4DuzL
ヌバックを作る目的は「風合いの向上」か「キズ避け」かその両方
ヌバック加工には、キズを目立たなくし、風合いをよくする効果があります。
キズを目立たなくすることで革の廃棄量を減らせるので、間接的に環境負荷をやわらげることにつながると考えられます。
ヌバックはロスが少なく歩留まりが良い素材
ヌバックは革表面をやすったり削ったりして作るため、生きていた時のキズや虫食い跡などを隠すことができます。
そのため、キズが多い野生動物の革(ジビエレザー)と相性がいい加工法といえるでしょう。
アフリカゾウやクードゥー(アフリカのウシ科の動物)、エルク(大型の鹿)などの革は、しばしばヌバック加工して使われます。
関連記事 革になる動物とその革20種紹介|革質、大きさ、特徴など
タンナー(革製造業者)にとっては、キズが多くて普通の革にできない原皮を生かす方法としてヌバックが有効です。
革製品メーカーにとっても、製作時にキズを避ける必要がなくなるため使いやすい素材と言えます。
キズを隠せる革っていうと安いのかなって思う
高級な革にもヌバックは使われるよ
風合いが目的の高級ヌバックレザー
ヌバックは普通の革よりも格下なのか?というと必ずしもそうとは言えません。
希少で高価な野生動物の革に使われるほか、風合いをよくするために上質な原皮をやすりがけしたり削ったりした革も使われます。
有名な革の銘柄として、バッフィング(やすりがけ)したイタリアンレザーの『プエブロ』、『テキサス』、『マルゴー』、『バベル』などが品質も高く人気です。
『プエブロ』の財布。
出典 楽天市場ヌバックの経年変化|毛足が寝てツヤが出る
ヌバックの経年変化のおもしろいところは、意外にも、次第に通常のスムースレザー(削っていない革)と同じようにツルツルになっていくところ。
2021年6月15日は #天赦日 と #一粒万倍日 が重なり、新しい財布を使い始めると良いとされる「最強開運日」。そんな訳で、3年半振りに財布を新調した(早めの誕生日祝いとして妻が少し出費してくれた。感謝)。今回もセトラーの2つ折り財布。同じ型の財布を3つも使い継いでいる人はあまりいないのでは? https://t.co/g7XkUyzteW pic.twitter.com/U4cFYRfdwY
— しんしん (@shinshin_09) June 14, 2021
マットだったヌバックが、艶やかで深みあるスムースレザーに変化しました。
この経年変化が楽しくてヌバックの魅力に取りつかれるユーザーは少なくありません。
表面を傷つけた革もヌバックの一部
毛羽立たせた革がヌバックと話しましたが、実は紹介したイタリアンレザーのプエブロやマルゴーなどについているのは毛羽というよりも無数のキズです。
これもヌバックの一つとしてとらえられることが多いようです。
ちなみに、レザークラフトをする方なら、自分で加工してみるのもおもしろいです。
右 加工前MAINE
— デテログ (dete®の人) (@mkgx81) August 27, 2020
左 加工後MAINE
革の可能性は無限大。 pic.twitter.com/ZMH9x89XiY
やり方は簡単。真鍮のブラシを使い、革表面を細かく円を描くようにこするだけ。
※塗装された革には使えない技法です。ご注意ください。
床革とヌバックのちがいは銀面(乳頭層)が残っているかどうか
床革っていうのと何がちがうの?
床革は、革の厚み調整のために革を2枚に割いた肉面側です。
ヌバックは表の層の表面を毛羽立たせた革。
革は、出来上がった時点では厚みがありますが、製品に加工する段階で薄く漉いて使います。
『漉き』は、新品のスマホ画面のフィルムをはがすように、使う層と使わない層に分ける作業とも言えます。
乳頭層(表層)付きの側が一般的な革(本革、フルグレインレザー)で、使えない側の層(肉側)が床革です。
床革については、革と床革のちがい|床革の可能性と注意喚起でくわしく解説しています。
さらに付け加えると、床革の肉側面を毛羽立たせたら銀なしのスエード/ベロア(床スエード/ベロア)になります。
ヌバックにおいても、キズを隠すなどのために多少銀面(革の表面)を削り落としてから毛羽立たせた革もヌバックと呼ばれますが、銀面付きのヌバックとは分けて考えた方がいいのでは?と思います。
たとえば床スエードと同じように「床ヌバック」なんてどうでしょう。
ビルケンのフットベッドは床ヌバック?
床ヌバック(造語)が使われている有名な製品にビルケンシュトックのサンダルがあります。
スエードのように見えますが、繊維が密な銀面側を使っているので、次第に毛羽がつぶれてつやつやになっていきます。
次の写真は履きこんでツルツルになったビルケンのフットベッド。
靴のインソール用としては銀面を除去することにも意味があると感じます。言うまでもないかもしれませんが、銀面を除去するとぐっと水を吸いやすくなるからです。
関連記事 ビルケンサンダル履き心地比較|ボストン/ロンドン/チューリッヒ
バックスキンはオス鹿の革表面を削り毛羽立たせたジビエレザー
バックスキンはスエードやヌバックと混同されがちですが、別物です。
「スエードとバックスキンは同じ」ではありません
バックスキンは、エルクやムースなどシカ科の革の銀面(表面)を削り落とし、毛羽立たせたもの。厳密に言えばオスの個体の革だけを指すようです。
つまり、オス鹿のヌバックがバックスキンです。
バックスキンのバックって何?
バックは『buck』。動物の雄を意味する言葉で、シカやウサギなど特定の動物にだけ使うのが一般的です。
雄ジカ(stag);(カモシカ・ウサギ・ヒツジ・ヤギなどの)雄(⇔doe);(ニシンなどの)雄;バックスキン(buckskin)(の製品);〔形容詞的に〕雄の
出典 Buckの意味 – goo辞書 英和和英
バックスキンがヌバック加工される理由はジビエレザー共通のあの理由
バックスキンといえばスエードのような(本当はヌバック)起毛革なのはお判りいただけたと思いますが、どうして起毛加工して使われるのでしょうか。
そこには野生動物の革(ジビエレザー)ゆえの理由があります。
野生動物は牧場で飼育される動物とはちがい、体中にキズが多くつき、革にしてもそれが残ってしまいます。
そうなるとロスが多く出てしまうため、あらかじめ銀面(表面)をけずり、キズがない状態にしてから使っているわけです。
質がいい起毛革は?キメ細かなスエード(ベロア)
スエードの質の良し悪しを見分けるポイントはどこにあるのでしょうか。
まず前提として、革の質の良し悪しは製品やパーツによって変わるため、絶対的なものではないと認識していただきたいです。好みの問題でもあります。
関連記事 革職人が考える『良い革』とは?|高品質な革の見極め方
その上で、美しい製品に仕上がったり長く使える製品に仕上がったりしやすい起毛革の特徴の一部を紹介します。
きめ細かなスエードは美しく上品で手ざわりがいい
毛が細く、密度が高く、革そのものの繊維が詰まったスエードは高級感があっていい革だと感じます。
カーフやエナメルにくらべるとスエードやベロアはカジュアルな印象を与えますが、きめ細かなスエードはそれらに見劣りしない上品さを持つものです。
きめ細かなスエードは「いい革だなぁ」としみじみ感じます
一枚の革(スエード)の中でも、背中からおしりにかけてはキメ細かく、お腹や首などは繊維がゆるくなるなどちがいがあります。
関連記事 【図解】牛革の部位ごとの特徴|質が良い部位、シボがでやすい部位
厚みがあって丈夫かつキメ細かなベロアは重宝する
厚みがある銀付きのベロアは丈夫で使いやすい素材です。
靴はもちろん、カジュアルなバッグなら一枚革で使ってもさまになる。
ベロアは大きい革ってことは粗い革なの?
必ずしもそうとは言えません。
ベロアは大判なので繊維が粗い印象を持つ方もいると思いますが、必ずしもそうとは言えません。
高級紳士靴に使われるような上質なベロアは、キメ細かく短い毛足が落ち着いた光沢を放ち、うつくしさと丈夫さを兼ね備えた素材です。
たとえば次の写真のシューズ。イギリスのチャールズ・F・ステッド社のヌバック「スーパーバッグ」を使っていますが、毛足が短く切りそろえられ、キメ細かくて非常に上品な印象を受けます。
出典 WHEEL ROBE 楽天市場スエード(ベロア)製品のお手入れ方法
スエードのお手入れの基本は、汚れ落としとスプレーです。
スエード専用のブラシで汚れをかきだし、スプレーで防水加工と油分補給を行います。
画像出典 コロンブスのスエードブラシ(ステンレス製)が良い|ゴムブラシよりもこっち派
スプレーの使い方は、スエードカラーフレッシュはどんな商品?〔使い方と効果〕で解説しています。
スエードのお手入れはツルツルのスムースレザーよりも手軽ですが、一つ注意点があります。
それは、一般的な革に使われるクリームやワックスを使うとよくないということ。スエードにクリームを塗ると、風合いをそこね、汚れやすくしてしまいます。
くわしくは、スエードにクリームを塗っちゃダメ|実験結果アリをご覧ください。
起毛革についてのまとめ
スエードとベロアは、実際には混同されており、同じものを指している場合が多いです。
ヌバックはスエードとは逆の面を使っており、長年使うと味が出て質感が変わっていくのが特徴です。
スムースレザーにはないカジュアルさが楽しめるのが起毛革の特徴です。お手入れしながら日々の暮らしに上手に取り入れていただけたらうれしいですね。
長文お読みいただきありがとうございました。
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