deteというブランドの代表で職人をしています。
工房にお越しいただいたお客様に革の説明をして差し上げる機会があるのですが、私からすれば何でもないようなお話でも、お客様は感心して聞いてくださることがあります。
この記事では、意外と知られていないけれど実はとっても興味深い、あなたの知らない革の世界にあなたをいざないます。
革と皮?革と川?何の皮?中国バブルと革?
みんな知ってる(?)浅い話から、知ってたら革博士級のちょっとだけ掘り下げたところまで。革ってこんなにおもしろい!
革のうんちく入門編
革に対する素朴な疑問やフシギについてお話します。
革って何の動物の皮?
普通の革って何革のこと?珍しい革ってどんなの?そんな疑問にお答えします。
・メジャーな動物の革
革といったらまず何の動物の革を思い浮かべますか?
昨今、革製品としてよく利用されているものは以下の通りです。
- 牛革・・・日本で出回ってる革の多くがこれ。安価な物から高級品まで様々
- 豚革・・・靴の内装やバッグの裏地などにも。多くは安価。
- 山羊革・・・バッグや財布に靴、それらの内装にも
- 羊革・・・高級なバッグや靴の内装、衣類や手袋などに
- 馬革・・・主に衣類など。お尻の部分の内層を使ったコードバンは高級品
・少し珍しい動物の革
ここからは少し珍しい動物の革。高級品が多くなりますが、目にする機会も少なくない素材です。
- ワニ革・・・イリエワニ(スモールクロコダイル)は最高級品
- トカゲ革・・・ワニ革に次いでメジャーな爬虫類革。高級品
- ヘビ革・・・財布やベルトなどに使われる。縁起物としても
- ダチョウ革・・・毛穴をあえて模様として楽しむオーストリッチは高級
- エイ革・・・表面のカルシウム質を活かした異色素材
- 象革・・・貴重価値大。突起の見た目と手ざわりが唯一無二。丈夫
- バッファロー革・・・牛の代用品として、または独特なシボを活かして
- サメ革・・・気仙沼産が有名。縦に走る深いミゾが独特。おろし金用途にも
- ペッカリー革・・・高級手袋用の素材として
・かなりレアな動物の革
ここからあげるものはかなりレアです。一般的ではないけれど、見たことはあるものをあげてみます。
- イノシシ革・・・一般に流通していません。害獣駆除と関連付けた地場産業が今後定着するか?やはり豚革に近い。
- ウナギ革・・・かなりレア。財布や名刺入れにしたものを見たことがあります。
- コイ革・・・ウロコの跡が残っていてとてもおもしろい。うまく使えばかなりおしゃれでしょうね。
- カバ革・・・象とよく似た雰囲気ですが、象よりもさらにレア。
- シール(アザラシ)革・・・網目のように入り組んだシワが印象的。毛皮付きで使われることも。
- カエル革・・・インパクトがすごいです。好みはわかれるでしょうね・・・
- センザンコウ革・・・硬い鎧のような不思議な革。乱獲により数が激減してしまいました。
- カワハギ革・・・たまたまググって趣味でなめしている人を見つけました。
動物の皮なら基本的には何でも革に加工できます。
センザンコウ(穿山甲)はアルマジロによく似た哺乳類です。捕獲が禁止されていますが、既に出来上がっている革を流通させることに対しては規制されていないようです。
・牛革っておいしいの?
革は食べられる?結論から言うと食べられません!昔、探偵ナイトスクープというテレビ番組で牛革の靴を料理するという企画があったようですが、非常に危険な行為です。粗悪な製品では、なめしや染色過程で有害な物質が使われている可能性があります。絶対にマネしてはいけません。
牛革ではなく牛皮を食べる地域はあるようですよ。インドネシアやアフリカの一部の国で、乾燥させたものや燻製にしたものを水でもどして料理に使うそうです。一度でいいから食べてみたい?
・松坂牛の革
高級食材として有名なあの松坂牛の革で財布や鞄を作っているメーカーがあります。昔から、松坂牛の革作りは何度もチャレンジされてきましたが、その脂分の多さにより、なめしがうまくいかず、商品化することが難しかったそうです。現在は、技術も進み、脂分を活かしながらなめす方法が確立されたようです。
松坂牛のステーキを食べて、松坂牛の財布から支払う。そんな日が来る日も近い?
・皮と革
皮と革はまったくの別物です。それを理解してもらう為に、突然ですが、クイズです。以下の1~6の”かわ(がわ)”の中で、”革”はどれでしょう?革は3つあります。
- コードバンの財布に使われているかわ
- 焼き鳥のかわ
- 戦国武将の甲冑に使われるかわ
- レザーの原材料になる塩漬けの生かわ
- コートに使われる毛がわ
- お手入れに使うセームがわ
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正解は
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1、3、6です。
あなたは正解しましたか?カンタンに説明しますね。
革と皮の違いは、鞣(なめ)してあるかどうか。鞣すとは何かというと、毛を取り除き、腐らないように加工することを言います。皮を鞣すと革になります。
- 財布のかわは、一般的になめした革を使うので革
- 焼き鳥のかわは、腐らないように加工したものではないので皮
- 甲冑に使うかわは、鞣した革を使うので革
- 塩漬けのかわは、鞣す前の状態なのでこの時点では皮
- コートに使われる毛がわは、毛が残っているので皮
- セームがわは、油鞣しという方法で鞣されているので革
5と6はわかりにくかったかもしれませんね。一般的に、”セーム皮”と表記されますが、本当は”革”です。全問正解したあなたは革博士!
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・革の仕入れ先
日本では革の仕入れといったら浅草が有名です。本当は、今のご時世、問屋だからといって浅草にこだわる必要性はありません。しかし、革業界というのはその多くが老舗なので、同業が集まるのが当たり前の時代から代々続いてきている状況です。新しく事業を始めた革屋さんは都内の別の地域だったり、首都圏の別の都道府県だったりもしています。
原皮の原産地は、ざっくり世界中です。多くは北米ですが、他にはバングラディシュ、北欧、南欧、インド、アフリカ、オーストラリア、中国、もちろん国産もあります。一般的に、フランス産が最高級と言われています。次が北欧、その次が南欧が上質なんだとか。
原皮を鞣して革に加工する業者をタンナーといいます。タンナーも世界中にあります。歴史があるのはヨーロッパ。高級ブランドに卸すタンナーも多くはヨーロッパです。
・革は水に弱いは本当か?
本当です。
その理由は、濡れた状態では型崩れがしてしまうから。革の種類によっては、わざと革を濡らして、濡れている間に型にはめて成型する製法も使います。
また、水濡れで接着剤が剥がれたり、カビや細菌が発生しやすくなったり、表面の汚れが革内部にしみ込んでしまうリスクもあります。
革のうんちく中級編
ここからは中級編です。少し革について深掘りしていきましょう。
・革はお肉のおまけ?
革をとる為に牛や豚や山羊などを育てるということはありえません。なぜなら、それはとても非効率的なことだからです。一つ例をあげると、ある年のアメリカのある牛一頭あたりの肉の卸値が2000ドルだとして、原皮(鞣す前の生の皮)の価格は数十ドル程度です。アメリカで一般的な牛一頭を出荷するまでの期間は、大体1年半から2年程度。そこまで手間暇かけても、原皮は日本円にするとたったの数千円程度にしかなりません。
日本やアメリカでは一般的に皮は食べられていませんから、畜肉加工業者は何らかの形でそれを処分するわけです。一口に捨てるといっても、大量に出る皮を廃棄するには当然コストがかかります。
ここで一つ物語を。
ある日の食肉加工場、皮の処分コストに悩む業者を訪ねたのは、原皮を仕入れてビジネスにしようともくろむ商社マン。
畜肉加工業者「ただでもいいからこの皮引き取ってくれる人いないかなー」
商社マン「この皮捨てるなら安く譲ってくれない?」
(ただで処分できてお金までもらえてラッキー)
(めちゃめちゃ安く原皮が手に入ってラッキー)
「ウィンウィンとは?」の例文に使えそうなくらいにきれいな両得の絵になりました。世の中って本当にうまく回っているなぁと思います。
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・毛皮排除の流れ?
多くのブランドが、毛皮廃止宣言をしています。有名なところでは、アルマーニやグッチ、ヴェルサーチなど。
お肉の副産物である革と違い、毛皮は、主にファッションやコレクションや投資だけの為に利用されています。様々な団体の働きかけにより、昨今の毛皮排除の動きが強まっています。
これって難しい問題ですよね。毛皮を採るために殺す狩人が残忍か、肉の味を批評するグルメが残酷か、道に生えた花を摘むのが冷酷か・・・。
これらは人それぞれの価値観や宗教によるものなので、一言で語るのは難しい問題です。いろんな人の意見が集まって、動物にも人にも優しい世の中になっていったら素敵ですね。
・日本独自の革
日本には、古くから伝わる日本独自の革のなめし文化があります。先に紹介した白鞣しや、煙と漆で着色する甲州印伝、同じく漆を使い甲冑にも採用された黒桟革など。
どれも世界的には珍しい製法。大本の製法は元々は大陸から伝わったのでしょうが、孤立した島国で独自の文化に作り上げた先人の知恵に脱帽です!
・革のサイズの単位
革の量を表す単位はすこし独特。この単位は、業界では通称”デシ”と呼ばれています。正確には、”デシ平方メートル”なのですが、略してデシと言ったり、”ds”と書いたりします。デシというのは、基準になる単位に対して10分の1になるものを指す単語。平方メートルが1m×1mの正方形とすると、デシ平方メートルは0.1m(10cm)×0.1mの正方形。面積は100分の一になります。小学校で習ったデシリットルとか、普段の生活で使いますよね。
じゃあ、一枚の革はどのくらいの大きさかというと・・・
- 栃木レザー(半裁)・・・210~250dsくらい(2.1~2.5平方メートル)
- ベビーカーフ(丸革)・・・40~60dsくらい
- 欧州産カーフ(丸革)・・・160~210dsくらい
- 仏産山羊革(丸革)・・・35~50dsくらい
- 家具用成牛革(丸革)・・・400~500dsくらい(4~5平方メートル)
参考として、畳一畳の面積は1.82405平方メートルなので、革の単位になおすと約182dsです。
・革と川
歴史あるタンナーの多くは川沿いに工場を作りました。その理由は一つ。革をなめすには大量の水が必要だからです。どんな製法であっても水が大事な革作りですが、中でも、世界中で兵庫だけで作られてきた独自の”白なめし”は川との関りが非常に深い。川に皮を晒し、天日干しした後、なたね油と塩だけでなめして革にするというナチュラルでロハスでエコな革!
日本伝統の素材でいつかモノづくりをしてみたいです。
革のうんちく上級編
ここからは少し難しいお話も。
・革とアレルギー
革でアレルギー反応が出る人がいます。私が今まで生きてきた中で出会ったたった一人のその方は、なんとタンナー工場を家業にする社長さん。
なんとも皮肉な話のようですが、今ほど環境に対する配慮がなされていない工場の中で子供の頃から過ごしていたら、それも致し方ないことなのかもしれません。
正確にいうと、ある種の革に含まれるクロムという金属に対してアレルギー反応が出るということ。
説明しておかなくてはいけないのは、革の製法にはクロムなめしとタンニンなめしの2種類があり、アレルギー反応が出るのは前者の方です。
クロムというのは金属の一種で、身近なものだとステンレスの中にも含まれています。
さらにクロムにも種類があり、そのうちの一つである3価クロムは人体にとって毒性はありませんが、6価クロムは体に摂取されると様々な病気を引き起こす原因になり、また燃やすと発がん性物質を空気中に放出します。
革の先進国のドイツなどは本当に厳しい規制がしかれているようですね。
日本も昔のように有害物質垂れ流しなんていうことは無くなっていて、例えば姫路市では行政単位で環境対策がサポートされているようです。東京や栃木などではそのようなサポートがありませんから、企業ごとに自社で対策することが求められています。
タンナーさんには厳しい時代かもしれませんが、地域住民や職人、そして商品を手にするお客様の全員が幸せに暮らせる世の中の実現に向けて、取り組みを続けて欲しいと願っています。
参考/六価クロム
・黒い革と白い革
タンニンなめしの黒い革や白い革は作るのが難しいみたいです。普通に考えて、黒は黒く染めればいいんじゃないの?白は色を抜けばいいんじゃないの?と考えてしまいそうですが、そううまくはいかない。
黒の染料は、いろいろな色を混ぜ合わせて作ります。ただ黒の染料を入れればいいというわけではないのですね。
白にいたっては、元々の革のベースがベージュやキャメルなので、足し算では絶対に白にはならない。染料は足せば足すほど色が暗くなります。
顔料をかぶせれば表面的には白や黒にできますが、べったりにしてしまうと風合いが著しく損なわれます。どうにも難しいですが、そのような職人や研究者の苦労があってこそ、今日の素晴らしい革素材が手元に届くのですね。
黒の革は、鉄媒染という方法で作ることもできます。この方法だと、色落ちのリスクも抑えつつ、真っ黒に近い仕上がりにできるようです。化学って面白いですね。
革のうんちく博士編
博士編は少し専門的なお話になってきます。
・タンナーは軍需産業?
タンナーの多くは老舗です。
創立100年近い会社も結構な割合であります。
- 栃木レザー株式会社 1937年創業
- 株式会社山陽 1911年設立
などなど。海外では創業して数百年なんていう超老舗タンナーもあります。
第二次大戦ごろまでのタンナーは、戦争が起こる度に潤い、会社を大きくしてきた歴史があります。当時の兵隊の装備といえば、綿素材の服や鞄や脚絆に鉄のヘルメット、そして革の靴やベルトや弾倉入れや鞄。かなりの量の革が使われていました。
ゴアテックスもシルナイロンもない時代の話。
第二次世界大戦当時、日本軍の防寒装備用として、ある島を丸ごと使ってタヌキの繁殖実験が行われたとか。実用までは至らなかったようですが。その島から泳いで近くの島まで渡ったタヌキが繁殖し、今でもタヌキがたくさん住んでいる島が瀬戸内のどこかにあるとかないとか?
毛皮は、基本的には皮を採ることが目的です。肉を利用した後の副産物であるレザーとは異なります。
動物も戦争の被害者の一員なのかもしれませんね。
・中国バブルと原皮価格
2011年~2014年にかけて、栃木レザーの値段は大きく上昇しました。どれくらい大きな値上げだったかというと、もともと100円で買えていたものが、4年後には130~140円になったくらいの値上げ。
これが続けば革製品メーカー続々廃業待ったなしといった深刻な状況です。原因は原皮価格の急騰。2011年の値上げについての革問屋の説明は、東日本大震災を理由とした計画停電による生産計画の見直しのと電気代の上昇を上げていましたが、タンナーの本音は、前々から値上げしたくてしたくて仕方なかったというところでしょう。
バブルに湧く中国に革が集中し、需要と供給のバランスが崩れた事が原因。
このころの中国では、内装に革を使った高級車が売れに売れていていました。それまでは商社の手を経て各国のタンナーに届けられていた分の北米産原皮が争奪戦となり、そのあおりを受けて、栃木レザーの価格が上昇したということです。
中国経済のスケールの大きさをありありと見せつけられました。
その後、2015年のチャイナショックによりアメリカの原皮卸価格は20-30%ほど落ち込み、2019年の現在は2010年以前の水準に戻って落ち着いています。
ちなみに、当時の数年間で40%近く値段を上げた問屋さんがあるのですが、中国バブル期に比べれば原皮価格が落ち着いた今でもその値段はのまま・・・🤩
参考/生牛先物取引価格
おしまい。
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